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「世界は常に光で満ちている」
ムーンストラッカー

「世界は常に光で満ちている」といったのは、ジェームズ・アレンというイギリス人である。1912年に他界しているから、もうかれこれ百年ほど昔の人の言葉だ。ベストセラーとなった『「原因」と「結果」の法則幸福への道』(サンマーク出版)という本に、その真意が詳しく述べられているので、もしご興味があればぜひにご一読されたい。「聖書」に次ぐ世界的な超大ベストセラーともいわれている『「原因」と「結果」の法則』の続編本である。

おおっと、冒頭、実はいきなりこんな話をして、ついに筆者も宗教活動をはじめたか、と誤解されないことを祈っている。僕が今考えていることは、この言葉の本当の意味だ。真意、というか、そういうことだ。それにそもそもアレンは宗教家でも何でもない。哲学者といわれてもいるし、思索家ともいわれているし、あるいは単に作家とも呼ばれているが、白状すると、僕には彼も単なる人生の苦労人にしか見えない。父親の事業の破綻と死から15歳で学校を退学し、以降は職を転々としながら独学を続け、38歳で執筆活動に入った人だから、相当人生の辛酸を味わったであろうことは容易に想像がつく。ただ、決して単なる作家くずれでもあるまい。ほんの少し、周りの人と違った才能を持っていただけだ。その才能とは、この雑多で混沌とした薄汚れた地上世界から、われわれの頭上を覆う成層圏を透かして、銀河宇宙の真の姿を見つめることができる才能である。

ここでもう一度、彼の言葉を吟味してみよう。「世界は常に光で満ちている」という言葉である。この「世界」を「宇宙」に置き換えると、理論的に人は納得する。つまり、太陽は24時間、常に一定の強さで輝きつづけ(実際には爆発を繰り返しているのだが)、一度も翳ることなく、同じ光をこの宇宙空間に放っている、という事実である。それを夜だとか、闇だとかも、太陽と同じようにはじめからこの宇宙空間に存在しているものであると、人間は勝手に思い込んでいるのだが、実際には夜や闇は、地球自身が、その自転の運動で造りだしている、一時的な現象に過ぎない、というものである。そういわれてみれば、なるほど、である。つまり、宇宙とは本来、太陽の光に満ちた、輝かしい空間であるのだが、個々の惑星それぞれが勝手につくり出す運動で、勝手に暗い世界(夜)を自分たちの世界の中に生み出している(!)わけなのだ。
しかしそもそもアレンがこの本の中で言いたいのは、そういう物理的な世界の宇宙の話ではなく、ものの見方であり、考え方である。つまり自分の周囲の人間が悪いから、あるいは自分を取り巻く環境が悪いから、自分がこんな目に遭うのだ、と怒るのはお門違いである、という考え方だ。それではいつまでたっても状況は変わらない。むしろ、そういう状況を生み出し、自分をその悪いできごとの中に置いているのは、なにを隠そう、君自身、自分自身である、というのである。確かに地球は自転をするから、勝手に夜の闇を自らの世界に造りだしている。そう考えると、この方程式はいろいろなものに適用できるのかもしれない。彼は言う。元来、この宇宙には「悪いこと」などというものは何ひとつとして存在していない。それらはすべて人間が勝手に創造して、苦しんでいるものなのである、と。戦争も、疫病も、地球温暖化現象も、テロ問題も、小学生の殺人事件もすべて人間が勝手につくり出し、人間が勝手に苦しんでいる。いわれてみればそのとおりだ。人間が存在しなければ、戦争もテロも殺人事件も起こるまい。ただ風が吹いているだけだろう。「夜」をつくっているのは、人間自身なのである。


先日、親戚の伯父が事故にあい、唐突に他界した。決して長い付き合いではなかったが、連れ合いの郷里、鳥取の親戚で、私にはなぜかとてもよくしてくれた人だった。この叔父と、この三月に鳥取のさじアストロパークという天文台へ行った。職場を定年退職して、日々、暇を持て余していたらしく、一泊旅行の星見をたいそう満喫してくれたようだった。さじ天文台の巨大な天体望遠鏡で土星や木星を次々に見たあと、最後に見た金星に魅力を感じたようで「俺は死んだら、あの金星がいいなぁ。だって一番きれいだものなぁ」と朴訥とした鳥取弁でつぶやいていたのを思い出す。あれからわずか三ヶ月で、伯父は本当に、それこそあっという間に金星に行ってしまった。あの夜は、さまざまな星が見えた。それこそ、星が雨となって降るような夜だった。
僕はアレンの言葉をもう一度、脳裏にめぐらせる。
「この宇宙に、悪いこと、というものは元来存在しない。それは人間が勝手に造り出しているだけである・・・」伯父の唐突の事故死。これは果たして「よいこと」なのだろうか。それとも伯父の死の悲しみは、私が勝手につくり出している「悪いこと」なのだろうか。僕は再度、問う。「よいことと悪いことの境目は何?」と。アレンはこの大宇宙には「悪いこと」というものはいっさい存在しない、という。では伯父の唐突の死も「悪いこと」ではないのだろうか。「死」というものがこの宇宙に普遍に存在するあたりまえの事象であれば、その事象自体が「よいこと」なのか「悪いこと」なのかは、その事象にかかわる人やものが創り出すべきもの
であろう。こんな考え方で人は簡単に癒されはしない。でも起こった事象に陰を造り、自己を苛むのは本来のあり方ではないのかもしれない。それは宇宙の法則に照らすと、間違った方法なのかもしれない。三ヶ月前、「俺は、あの金星に帰るでなぁ」と伯父は言った。その言葉はこの地上の誰とも関わらず、まっすぐに宇宙の真理に直結していたのかもしれない。心の美しい人だけが、本当のことを言う。聞けば、叔父もアレンと同じく、若くから苦労をかさねた人生を送った人のようだった。 了