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ココは、1989年の銀座の高級クラブ。この由緒アルお店のお得意様は、大蔵省のオエライお役人たちが多かった。銀行関係者や大会社の重役たちのお役人の接待が毎夜のように行われていた。美女の酌でヘネシーを傾けながら、磨かれたバカラのグラスに映った自分の顔を見た時、エリート役人の脳裏を一瞬のフラッシュバックが襲った。
若い時はガリ勉で、成績はトップクラスだったが、制服の着こなしもひときわダサく、まったくモテず、キモイ奴だとむげにあしらわれ、友達も居なかった。
「こいつら、今に見ておけよ。今のうち、浮かれておればよい。俺は役人になって、お前らみんな見返してやるからな!」と屈折した暗い復讐の炎を燃やしていた青春の日々・・・。
確かに念願叶って、今では、皆にペコペコと頭を下げられふんぞり返る立場となった。 しかし、もともと寂しい精神構造しか持ち合わせていないこういう輩のすることといったら、ハゲオヤジになってから、クラブでホステスにスケベな下心で金と立場をふりかざしてせまることぐらいだ。結局は百戦錬磨のホステスに軽くカモにされているだけなのに、「俺はもてる。」とひそかに鼻の下をのばしていたのだが、最近、ヒジョーに気に入らないことがある。それは自分達エリート役人の秘密の社交場に、来てはいけない奴らが最近めだつことだ。

遊び人っぽいスーツを着て、ギラギラと舶来の時計や光モノを身につけ、「ガハハハ!」とその笑う声も耳障りである。そこらのサラリーマンなど、この店に来られるはずもなく、「自分らみたいなエリートだけが出入りできるのさ。」、と優越感に満足し、ガキのころの屈辱のリベンジに酔いしれていたのに、まったくもって目障りなことこのうえない!
アイツらを見ていると、自分をいじめた、ワルガキどもの顔が蘇る。ヒジョーに遺憾だ!!!
「ママ、いったいあの騒がしい連中はどういう人達かねー?」
「あ〜、不動産屋さんですよ〜。最近、ごひいきににしていただいておりますの。面白い方達ですのよ〜。ホホホホホッ。」
店にはそぐわない連中だと文句の一つも出そうになるが、女の子達を見ていると、まんざらでもなさそうなので、ぐっと言葉を飲み込む。
ドンペリなどもスポスポ抜いて盛り上がる席を尻目に、ひいきの女の子達の楽しそうな笑い声が嫌でも耳に飛び込んでくる。
「OOさん、凄いわね〜。こんど、あそこにビルたてるんだって。」
「XXさん、クルーザー買ったんだってぇ〜。」
くそ〜、アイツら、羽振りもめちゃめちゃよさそうじゃないか〜、これは、非常に遺憾であるぞ〜と悔しがる。
エリート役人の不健康な思考の中に暗い陰謀が毒ガスのように湧き出し始めた。
またある時、今度はエリート役人は出張に出掛けるために飛行機に乗る。もちろんファーストクラスである。
「僕は、エリート、君らは庶民、あっち、あっち、エコノミーはあっちだよー。」
などと自己満に浸っていたら、またまた、アイツらである。顔は一様にゴルフ焼けしており、持ち物がなんとなく派手である。振る舞いがなんとなくガサツであつかましくて、気に入らない。ズカズカとファーストクラスに乗り込んできて、キレイなスチュワーデスに軽口をたたいてちょっかいを出したりするのもとっても気にいらん〜!またもや、不動産屋の侵略である!
「がまんならん!もう、これ以上、アイツらの好きにさせておくわけにはイカン。たかが不動産屋がー!調子に乗ってるとどういうことになるか目にモノ見せてくれるわ〜ッ!」
自分達エリートの領域を侵す成り上がりの不動産屋に対するチンケでゆがんだ嫉妬心を、「不動産屋の土地ころがしによって地価が高騰し、人々の手からマイホームの夢が益々遠ざかるのを阻止しなくてはならない!」なーんちゃって、「庶民の幸せ」なんて心にも無いことを大儀として、役人は、いきなり全国の銀行に通達を出す。
「もう、不動産屋に金貸したら、あきまへん!」と、まるで、子供の意地悪である。
しかし、その子供じみた嫌がらせが、こんな大事をひきおこしてしまうとは・・・!
不動産屋は実際、あくどいと言われても仕方がないようなエグいやり口でのし上がってきていたのは事実である。地上げと呼ばれる土地ころがしで、利ザヤをかせぎまくっていたのである。しかし、それが出来たのは銀行が土地を担保にいくらでも金を貸したからである。銀行は不動産屋をけしかけて、どんどん土地転がしをさせる。そして、自らはヤバイ事に手を染めることなく不動産屋から金利を受け取り儲けさせてもらう。
こんなおいしい仕組みはないと、皆が同じような仕組みで儲けようとするので、担保にとっている土地は、どんどん値上がりするばかりで、いざとなればそれを売れば元も取れるハズである。簡単に言えば、これがバブルの仕組みだが冷静に考えてみれば、いつかはきっと破綻をきたすと誰でも予想がつきそうな危うい自転車操業だ。それで、突然、
「もう、お金、貸せません。と、いうか、今まで貸したお金もはやく返してね。」
と大蔵省の役人の通達を受けた銀行の、いきなり人が変わったような言い草である。その時点で、急ブレーキがかかったように不動産屋の土地転がしは不可能となり、そのとたん莫大な借金の金利負担が容赦なくのしかかってくる。
「こらえらいこっちゃ〜!売りや!売りや!」
と所有している土地を売り払い、とりあえずは借金は返せるハズ・・であった。ところが、これが甘かった。日本国中で今度は皆が土地を我先に売ろうとする。そうなると、いきなり地価が暴落し始めたのだ。いったん値下がりし始めると、人はすぐには買いに走らない。何故なら、待っていればもっと下がるに違いないと踏むからだ。そして不動産屋は、莫大な借金に押しつぶされて倒産し、銀行は担保物件を回収するが、それは、もちろん既に大幅に価値が下がっており資金回収に失敗し、大穴をあける。
しょうもないエリート役人のジェラシーが、ことさらの慎重さと手腕を要求される経済運営の手元を狂わさせ、その失策のツケは結局、国民全部がいまだにかぶらされ続けているわけだ。公的資金と名を変えた巨額の血税が怠慢経営の他何でもない銀行業者につぎ込まれ、それどころか、銀行に金を預けておれば当然貰えるべき利子も無い。銀行なんてエラそうにふんぞりかえっているが、そんな資格はサラサラないぜ!皆様のお金を預からせていただいて、その巨額の資金を知力と血と汗を振り絞って増やして利益を出し、お客様である預金者に利子という形でお礼をする。それができてこそナンボの銀行という商売じゃーないか!!今の銀行なんて、単なる財布のかわりに過ぎないくせに。いや、最近では危なっかしくてその財布がわりさえも満足に果たせていない。あ〜、アホらしい!!言い出したらキリが無いので、話をもとに戻そう。で、
そのころADECTOのスポンサー、O社長も、この大クラッシュを避けることはできずに、まともに喰らっていた。
社長室に怪しく、厳つい男達が集まって、連日のように行われていた元気いっぱいの不動産戦略会議(地上げ)も、プッツリと途絶えた。舶来のインテリアで固めた自慢のオフィスも閉めた。運転手付きの超高級外車も、あっというまにどこかへ消えた。ミナミから同じように高級外車が激減し、中古車市場にベンツがだぶつきだした。
国民の財布の紐は固く結ばれ始めて、世間はいきなりヘナヘナと活気を失っていく。
もちろん、バブル経済という異常経済を是正するために彼ら不動産屋は痛手を負うことになるのはやむをえなかったのではあろう。しかし、いくらバブルに踊った不動産屋といえども、まがりなりにも国民である。土台をいきなり引き抜いて谷底へ突き落とすにしても、せめて身一つを繋ぎとめるささやかなロープを結ぶ猶予を与えるぐらいのことは出来なかったのか?
バブル時代の真っ只中で、一見派手なアパレルブランドの仕事を創り上げ、しかし、自分自身はバブルと無縁に只、自分のやりたいと思うことのみに熱中してやってきたはずだった。しかし、スポンサーが喰らったバブル崩壊の衝撃をADECTOだけが都合よく回避できるはずもなかった。バブルが崩壊したといってもADECTOのブランド自体に直接関係があるわけではなく、アクションスポーツがいきなり廃れてしまう訳ではなかったが、ダメージはやはり前から気になっていたのに先延ばしにしていた弱点から伝わりだした。経理をコントロールできていないという点・・・。つまり、ADECTOとO社長の会社の経理は混在し、俗に言うドンブリだったので、ADECTOの予算は不動産部の不振に伴って流出しはじめたのだ。結果、ADECTOの資金はショートし始め、支払いが滞り始めた。
やがて、俺のところに、電話が掛かり始める。
「シュウさん、相談があるんですけどー。」
「なんや?どうしたん?」
「実は、もう何ヶ月もギャラの振込みが無いんでー・・・。」
「えーっ、ホンマ?ゴメン、すぐに確認してみるからな!」
恐れていた事が、とうとう起こり始めたのだ。
今まで、ADECTOと共に歩んできたライダー達の当然受け取るべき報酬が途絶え始めたのである。実は、その何ヶ月も前から、俺と西村に対する報酬の支払いは非常に不安定になってきていた。しかし、それは内部事情であって耐えねばならない覚悟であった。
だが、ADECTOの人気を担うライダー達との約束事は別問題だ。その約束を破った時こそ、危機は瞬時に訪れる。まさにサドンデスだ。金の切れ目が縁の切れ目みたいに聞こえるので、ライダー達の名誉のために言っておかねばならないが、彼らはもちろん金だけの奴らではない。きびしい条件でも、不平も言わず喜んで100%のパーフォーマンスをみせてきた、本物の熱い奴らだったと信じている。彼らなりに、耐え、悩んだ末に俺に打ち明けるしかなかったのだ。もちろん、俺はすぐに会社側に掛け合った。しかし、会社側に納得のいく対応を見ることは出来なかった。俺は、彼らに説明する言葉を次第に失っていった。
積み上げてきた信頼感に亀裂が走ってゆく音が俺の脳裏に響き渡った。
いつも誇り高く、自信に満ちて微笑んでいるように見えたADECTOのロゴマークが悲しんでいるように見えた。今までの思い出が、早送りのように頭の中を駆け巡る。
俺は、やるせなさに胸が引き裂かれそうになり、事務所を飛び出し、崩れそうな気持ちを何とか持ちこたえながら、あても無くミナミの街を彷徨った。
全ての色彩は沈み、モノクロームの世界の中を、寂しい傷付いた魂がフワフワと徘徊しているような気がしていた・・・。
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