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パレットに搾り出したばかりの油絵の具の表面は、ツヤツヤと魚眼レンズのように辺りの風景を映りこませて、鮮やかなウルトラマリンブルーの波長を反射させている。リンシードオイルで少し湿らせた筆を絵の具になじませて、白いキャンバスに擦り付けてゆく。100号ぐらいの大きさになると、画家にかなりのエネルギーを要求する。ほとばしるような創作意欲が必要なのだ。その情熱を引き出すのは、「どうしても描き出したい。」という気持ちに値する画家の魂に内在するビジョンだ。
誰に頼まれたわけでもない、儲かるわけでもない。それでも、いったんキャンバスに絵筆を触れたとたん、もう後には引けない。しんどい。しかし、そのしんどさの中にやがて、とんでもない高揚した時間が訪れることを知っている。マラソンや、登山、そう、波乗りにも似ている。そうした絵の世界に没頭するということは、まるで激しく流れ去っていく急流の片隅にひっそりと繭をはって、その中に籠もって通り過ぎる世間の喧騒を眺めているようだ。



誰にも邪魔されず、砕け散った夢の傷跡を確かめることもしないで、ただ、わずかに明りが差す方から、したたりおちてくる水滴を舐めて暮らす。
砕け散ったものをじっくりと確認することをしない・・・。なぜなら、そんなことをして立ち止まっていると自分自身を喪失感で染め上げてしまうからだ。そんなもの、たいしたことではないと思い込んだまま、負った傷さえも確認しないでおこうと本能が勝手に決めた。 そうだ、青春を燃やしたADECTOは既に崩壊したのだ。

皆、チリチリバラバラになって大気中に飛散していった。あれほど毎日のように時間を共にして夢を追った同志、西村とも会うこともなくなった。寂しいとか、やりきれないとか、
そんな感情を自分の中に生じさせるのを俺は許さなかった。でも、それはべつに特別心が強かったからというわけでもない。いったん、そんな感情を許すと崩れ落ちそうだったので、そちらの感情に心のフォーカスを決して合わさずにいただけのことである。崖っぷちを歩いていたとしても、そして、足を踏み外せばそこは奈落であったとしても崖下を決して視界に入れずに歩いていけば、「ただの道」であるのと同様の理屈である。
しかし、どうしようもない感情が抑えることができずに噴出してくる。弱音やうらみ、つらみの感情は吹っ切れたとしても、どうしても押さえきれずに噴きあがってくるもの、それは不完全燃焼してくすぶり続ける魂の炎であった。その炎が次なる噴出口を求めてのたうちまわるのだ。何かに熱中することに生きがいを求める熱中中毒者が陥る禁断症状である。いままでADECTOという格好の情熱の受け皿があった。それを失くした今、だからといって、そんな受け皿がオイソレと次に待ち構えているものではない。考えてみれば、もとはといえば、それが見つからないからこそADECTOを創ったんじゃないか!



俺は、しばらくの間あちらこちらをほっつき歩いてもみた。ちょうど街はクラブが旬の時期で、巷の人々はいったいどのようにして魂の炎を慰めているのだろうか?と夜な夜なミナミのQOOあたりを徘徊してみた。毎週末には2000人という若者達がひしめいて、汗だくになって踊り狂っている。確かに物凄い熱気が渦巻いてはいた。しかし俺は、そこに自分の場所を見出すことはできなかった。それならばと世界の果てのようなところまで神社、仏閣を訪ね歩いてみたこともある。荘厳なたたずまいに心を打たれはしたが、俺の求めた答えをそこにも見つけることはできなかった。しかし、歴史を秘めた建造物を取り囲むように季節に移ろう自然に触れるとき、心の中に穏やかな日の光を感じることができた。そういう風な時を過ごしながら、やがて俺はアトリエに引きこもっていった。
静かに、孤独に、ただ黙々と絵筆をとってキャンバスに向かうという地味な作業。その合間に、デザインの下請けなどのアルバイトをして食いつなぐという日々。絵を描いているといったって、別に画家になる道がそこに開けているわけでもなし、いったいこういう生活を続けていることに意味なんてあるのだろうか?一人で閉じこもっているうちに世間は勝手に進んでいくではないか。自分などすぐに忘れ去られて、次々と新しい熱中者が世間のステージにあがり脚光を浴びる。「いつかは見ていろ!」と内なるファイトを燃やしていても、若い若いと思っていたら、知らぬ間に月日は流れ決して若いという年齢でもなくなって、世知辛い世間に呑み込まれて終わるのかというあせりが思い出したように心を苛む。お金を稼ぐという命題は無視することはできないが、それは自由を獲得するうえで、それが必ず必要になってくるからである。お金は必要だが、俺はなにもただ金持ちになりたいわけではないだろう?お金をいっぱい稼いだとして、それでいったい自分はなにがやりたいのか?答えは、海の傍に住んで「波乗り生活」であった。それならば、どうするか?

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